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会場
東京国立近代美術館 企画展ギャラリー 会期
2012年2月10日(金)~5月6日(日) 開館時間
10:00-17:00 (金曜日は10:00-20:00) 休館日
月曜日(3月19日、3月26日、4月2日、4月30日は開館) 観覧料
一般=1,500円(1,300円/1,200円) 東京国立近代美術館開館60周年記念企画
誕生日は無料!! 誕生日当日の方は無料で入館していただきます。(証明できるものをお持ちください。) 主催
東京国立近代美術館、読売新聞社、日本テレビ放送網 特別助成
アメリカ大使館 協賛
テラ・アメリカ美術基金、みずほ銀行、光村印刷 後援
イラン大使館 協力
日本航空、ルフトハンザ カーゴ AG、ルフトハンザ ドイツ航空会社 ジャクソン・ポロック(1912-1956)の生涯はまさにアメリカン・ドリームの明暗そのものでした。1930年代ニューヨーク、不安定な精神状況とアルコール依存に苦しみながらも研鑽を積んだポロックは、著名なコレクター、ペギー・グッゲンハイムに見出され、一夜にしてヒーローとなったのです。床に広げた大きなキャンバスに絵具をふり注いで描く「アクション・ペインティング」で、彼は全米的な注目を集めます。その成功の陰には妻リー・クラズナーの多大な献身がありました。絶頂期の1950年、歴史に残る大作が何点も生まれます。しかしそのわずか数年後、彼は自動車事故で流星のように去っていきました。 門外不出の傑作、イランから
35年前パーレビ国王の時代イランに所蔵され、その直後のイラン革命以来門外不出となっていた代表作《インディアンレッドの地の壁画》が初出品。この作品は1998-99年のMoMAとTateでの決定的なポロック回顧展にも出品されていません。 60年ぶりの再会
ポロックの作品の日本での紹介は意外に早く、彼がまだ活躍中だった1951年の第3回読売アンデパンダン展でのことでした。本展にはその時展示され、大きな反響を呼んだ2点の作品《ナンバー7,1950》(ニューヨーク近代美術館所蔵)と《ナンバー11,1949》(インディアナ大学美術館所蔵)が60年ぶりに来日します。 アトリエの再現
ポロックは1945年、ニューヨーク州イースト・ハンプトンのスプリングスに移住します。 3月26日までの展示作品があります! お見逃しなく
《無題 赤いアーチと馬のある構成》(1938年頃)は3月26日までご覧いただけます。3月27日以降は展示されませんので、お見逃しなく! 第1章 1930-1941年:初期 -自己を探し求めて-
1912年米国ワイオミング州コディで生まれたポロックは、一家で西部を転々とした後、1930年ニューヨークに出て絵画を学び始めます。師事した地方主義の画家トーマス・ハート・ベントンのほか、ネイティヴ・アメリカンの芸術やメキシコ壁画、さらにはピカソなど、ヨーロッパの前衛美術の影響を受けながら自分のスタイルを模索していきます。 第2章 1942-1946年:形成期 -モダンアートへの参入-
1942年以降、ポロックはヨーロッパのモダンアートをより積極的に吸収し始めます。1943年にはペギー・グッゲンハイムに見出され個展を開催、また批評家クレメント・グリーンバーグの強力な支持も得てその活動の基盤を飛躍的に拡大していきます。 第3章 1947-1950年:成熟期 -革新の時-
第4章 1951-56年:後期・晩期 -苦悩の中で-
1951年、ポロックの仕事は突然方向を転換します。細い線を主体とした盛期の「オールオーバー」な画面にかわり、初期に頻出していたような具象的イメージが再び描かれ始めるのです。作品数は顕著に減り、自他ともに落ち込みを認めざるを得ない状況に陥りながらもポロックは新たな可能性を求めてその闘争を継続します。 「PAINTERS' ROUND-TABLE: WHAT IS JP?
「今ポロックの何を見るのか」
※いずれも申込不要、参加無料(先着150名)、12:30開場 |
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